製造業の現場を訪問すると、よく聞く言葉があります。
「この仕事は○○さんしかできない」
「図面には書いていないけど、ベテランなら分かる」
「若手に教えているけど、なかなか覚えてくれない」
こうした状態を放置していると、ベテランが退職するときになって、
「この仕事、誰がやるの?」
という問題が一気に表面化します。
技能伝承は、ベテランが辞める直前に始めても間に合いません。
では、何から始めればいいのでしょうか。
いきなりマニュアルを作らない
技能伝承というと、
「ベテランの作業をマニュアルにしよう」
と考えがちです。
もちろん、標準書や動画を残すことは大切です。
しかし、その前にやることがあります。
それは、
「誰が、どんな技能を持っているのか」を見える化することです。
例えば、
- Aさんしかできない段取り替え
- Bさんしか判断できない微妙な加工条件
- Cさんしか対応できない設備トラブル
- 図面には書かれていない品質判断
こうした「その人がいなくなると困る仕事」を、まず洗い出します。
本当に伝承すべきなのは「判断」
作業手順だけなら、動画を撮れば比較的簡単に残せます。
難しいのは、
「なぜ、そうしたのか?」
という判断です。
例えばベテランが、
「今日はちょっと条件を変えた方がいいな」
と言ったとします。
若手からすると、
「なぜ?」
となります。
ベテラン本人も、
「長年やっていれば分かる」
となってしまう。
ここに技能伝承の難しさがあります。
音、振動、色、手触り、加工状態など、ベテランは様々な情報から無意識に判断しています。
だからこそ、
「何を見て、その判断をしたのか?」
を掘り下げることが重要です。
技能を3段階に分けてみる
私は、現場の仕事を一度、次のように分けてみるとよいと思います。
① 誰でもできる仕事
すでに標準化され、教育すれば比較的短期間でできる。
② 教えればできる仕事
経験は必要だが、ポイントを整理すれば伝承できる。
③ ベテランしかできない仕事
経験や感覚に依存していて、判断基準が明確になっていない。
技能伝承で優先すべきなのは、当然③です。
すべての仕事をマニュアル化する必要はありません。
「失われると困る技能」から優先的に手をつける。
これだけでも技能伝承は進めやすくなります。
「人から人へ」だけが技能伝承ではない
もう一つ大切なのは、
ベテランの技能を、そのまま若手にコピーすることだけが技能伝承ではない
ということです。
例えば、
職人の感覚で判断していたものをセンサーで数値化する。
経験で決めていた加工条件をデータとして蓄積する。
設備トラブルと対処方法をデータベース化する。
作業動画を残し、いつでも確認できるようにする。
生成AIを使って、過去のトラブル事例を検索しやすくする。
こうした方法も技能伝承です。
つまり、
「人に覚えてもらう」だけではなく、「技能を仕組みに変える」
という発想が重要になります。
ベテランがいる「今」がチャンス
技能伝承で最も難しいのは、技術そのものではありません。
「まだ大丈夫」と思って、先送りしてしまうことです。
ベテランが元気に働いている。
今のところ仕事も回っている。
だから、どうしても優先順位が下がります。
しかし、退職してから、
「どうやっていたんだろう?」
と聞くことはできません。
まずは難しく考えず、
「この人が明日からいなくなったら、何に困るだろう?」
と考えてみてください。
そして、その仕事と技能を書き出してみる。
技能伝承の第一歩は、立派なマニュアルを作ることではありません。
「誰の頭の中に、何が入っているのか」を見える化すること。
ベテランがいる今だからこそ、できることがあります。


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