以前このブログでも少し触れましたが、私は幕末の歴史が好きで、本を読んだり、人物について調べたりするのが趣味です。
今回は、その中でも特に好きな人物の一人、高杉晋作について書いてみたいと思います。
27歳で生涯を閉じた高杉晋作
高杉晋作といえば、長州藩士として奇兵隊を組織し、幕末の激動期を駆け抜けた人物として知られています。
中でも印象的なのが、長州藩が俗論派に傾く中、わずかな同志とともに決起した「功山寺挙兵」です。
その行動力や決断の速さは、高杉晋作という人物を象徴しているように思います。
しかし、明治維新を目前にした慶応3年(1867年)、晋作は病のため27歳という若さで亡くなります。
もう少し生きていれば、維新後の日本でどのような役割を果たしたのだろう。
そう考えると、どうしても「志半ば」という印象を受けます。
「面白き こともなき世を おもしろく」
高杉晋作の辞世として有名なのが、
「面白き こともなき世を おもしろく」
という句です。
そして、病床の晋作を看病していた野村望東尼が、
「すみなすものは 心なりけり」
と続けた、と伝えられています。
二つを合わせれば、
面白いことなどない世の中でも、
面白く生きられるかどうかは、自分の心次第である。
そんな意味に読むことができます。
とても美しく、今の時代にも通じる言葉です。
ただ、私は以前から、この完成した句に少しだけ違和感を持っています。
本当に、そんな心境だったのだろうか
「すみなすものは 心なりけり」
良い言葉です。
でも、高杉晋作の最期を想像すると、あまりにもきれいに収まりすぎているようにも感じます。
結核に苦しみ、まだ27歳。
自分たちが命を懸けて動かしてきた時代が、まさに大きく変わろうとしている。
その姿を最後まで見ることができない。
そこには、達観だけではなく、
無念さ。悔しさ。悲壮感。
そして、自分がこれまでやってきたことを振り返るような感情もあったのではないでしょうか。
何より高杉晋作は、
与えられた世の中を「心の持ちよう」で受け入れた人というより、自分で動いて世の中を変えようとした人
だったように、私は感じています。
だからこそ、
「結局は心の持ちようだ」
という締め方が、少しだけ晋作らしくないように思えてしまうのです。
もちろん、これは完全に私個人の想像です。
もし自分が下の句を続けるなら
そこで、勝手ながら考えてみました。
もし、
「面白き こともなき世を おもしろく」
の続きを自分なりに付けるとしたら。
私は、こんな句が浮かびました。
面白き
こともなき世を
おもしろく
かけしこの身も
夢となりけり
面白くない世の中を、面白くしようと駆け続けてきた。
命を懸けて動き続けた。
しかし、自分自身はその先を見ることなく、夢のように消えていく。
高杉晋作の最期には、そんな無念さと、自分の人生を走馬灯のように振り返る感覚があったのではないか。
そんな想像を込めました。
歴史は「正解」を知るだけでは面白くない
もちろん、本当のところは高杉晋作本人にしか分かりません。
後世の人間が、
「きっとこうだった」
と決めつけることもできません。
でも私は、歴史の面白さは、年号や出来事を覚えることだけではないと思っています。
「そのとき、この人は何を考えていたのだろう」
と想像する。
同じ言葉でも、その人の人生や置かれていた状況を知った上で、もう一度読み直してみる。
すると、歴史上の人物が、少しだけ生身の人間として見えてきます。
それが、歴史を読む面白さの一つなのだと思います。
皆さんなら、
「面白き こともなき世を おもしろく」
このあとに、どんな言葉を続けますか。


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